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No:615 タイトル:GEAR戦士撫子 新Part610 お名前:プロフェッサー圧縮 投稿日:2024/08/07 07:03:34 単表示 返信

ヴィジュネル暗号を解く方法はほぼこれ一択ですが、実は補助的と言いますか暗号鍵推論を加速する方法が存在します。

仮定語或いは対照平文と呼ばれるそれは、400年くらい後に奇しくも英国諜報部で使われだした用語です。

クリブ(crib)と言います。


          ◇          ◇          ◇


さて皆さん。

皆さんは手紙を書きますでしょうか?

電子メール? それでも結構ですわ。

ショートメッセージしか使わない? まあ親しい友人なら良いでしょう。

ですが重要な用件をSMSで済ませたりしますか? しないでしょう?

音声ではやりにくいものだってあるハズです。

どれだけ時代が下っても、どれだけ技術が進歩しても。

手紙のフォーマットは延々残り続けるとわたくしは思います。


          ◇          ◇          ◇


まあ文化歴史の話は横に置いときまして。

手紙というものは文章を練れば練るほど既存のフォーマットになっていくものです。

挨拶を担当する前文。

本題である本文。

そして話を〆る後文。

自分で読み返して不自然でない文章というものは、ほぼほぼこの構造に帰結します。


そして。


前文と後文は、大抵の場合定型文としてどれも似たようなことが書いてあるものなのです。


          ◇          ◇          ◇


例えば。

私的な手紙なら1行目はほぼ間違いなく「Dear 〇〇(宛先の名前)」です。

最後の文は「Best regards」辺りでしょうか?

つまり。

どのような手紙か大体わかっていれば、最初と最後に何が書かれているかもわかってしまうのです。
  • No:616 タイトル:GEAR戦士撫子 新Part611 お名前:プロフェッサー圧縮 投稿日:2024/08/14 10:24:53 単表示 返信

    まあ流石に陰謀のやり取りする手紙に、のんべんだらりと時候の挨拶書くようなアホウはそうそういないとは思いますが。

    ただこの当時、恋文なんかも暗号化して送ることは結構ありました。

    割と不義密通何でもありだったようですからね。

    バレなきゃ不倫じゃないんだぜの精神です。


              ◇          ◇          ◇


    まあヴィジュネル暗号まで使う剛の者はそういなかったとは思いますが。

    何しろこの暗号、手順見て分かる通りかなり煩雑です。

    一文字一文字、暗号表と暗号鍵をにらめっこして書いていくとかわたくしならやってられませんわね。

    バベッジがコンピューターの概念考案したのはヴィジュネル暗号発明から300年も後です。

    つまり手作業以外に方法はなかったということです。


              ◇          ◇          ◇


    ・・・・・・ふと思いましたが。

    暗号化していく中でどうやって間違い探ししたんでしょうね?

    暗号表の違うところ見てしまうのは勿論、暗号鍵の位置もやってく内に何個目かわからなくなったりしませんでしょうか。

    間違った暗号化してしまったら正しい復号化なんてできゃしないのは自明です。

    もしかして、手紙出す前に一回復号化してみたりしたんでしょうか?

    だとしたら手間が二倍で苦労も二倍ですわね。


              ◇          ◇          ◇


    そう考えると。

    暗号文が極力短くなる(=突破が困難になる)のは必然だったのかもしれません。

    300年間も無敵を誇ったのにも、この辺の事情があったかもですわ。
  • No:617 タイトル:GEAR戦士撫子 新Part612 お名前:プロフェッサー圧縮 投稿日:2024/08/21 07:01:48 単表示 返信

    ともあれ。

    エリザベス時代激動の真っ只中で世に出てきたヴィジュネル暗号ですが・・・・・・本格的な広がりを見せたのは、単一換字式暗号であるノーメンクラタを破られた結果処刑されたメアリー・スチュアートがきっかけであったと言われています。

    実はヴィジュネル暗号が『秘密の書記法について』という題名で出版されたのが、メアリーが斬首された前年でありました。

    暗号を突破されたのが同年(1586年)のバビントン事件であったことを考えると、タッチの差と言えなくもありませんが・・・・・・

    早々にヴィジュネル暗号に乗り換えていれば、もしかしたら寿命が伸びていたかも知れないと思うと一種の運命力を感じますわね。


              ◇          ◇          ◇


    と言いますか。

    ヴィジュネル暗号はヴィジュネルが一人で生み出したものではありません。

    遡ること100年ほど。

    1466年にとある本が出版されます。

    "Trattati in cifra"

    暗号論とも呼ばれるこの本こそ、ヴィジュネル暗号の発想元が記述された書籍なのです。


              ◇          ◇          ◇


    この本を執筆したのはレオン・バッティスタ・アルベルティという本業建築家です。

    ただ、彼はただの建築家ではありませんでした。

    彼の著した『絵画論(De pictura)』は、現在絵画の技術基礎を築いたと言っても過言ではないものです。

    何しろこの本によって初めて、遠近法が明白に文書化されたのですから。


              ◇          ◇          ◇


    しかしレオナルド・ダ・ヴィンチもそうですが・・・・・・

    肩書文系なのに科学・数学理論を発明してしまうのは何なんでしょうね?

    真の才能の前では、文系だの理系だのの別けなど無意味、ということでしょうか。

    わたくしは正直ゲージツ方面よくわかりませんので、なんとも言えないところでありますわ。
  • No:618 タイトル:GEAR戦士撫子 新Part613 お名前:プロフェッサー圧縮 投稿日:2024/08/28 07:02:39 単表示 返信

    暗号論に記されている暗号化方法は「アルベルティの暗号円盤」と呼ばれる手法です。

    これは大小2枚の金属製円盤を重ねて中央で止めたもので、小さい内側の円盤が自由に回るようになっています。

    そして両方の円盤の外周にはアルファベット26文字と、物によっては数字記号なども刻まれていました。

    このシンブルな構造を聞いて大体察せられると思いますが・・・・・・

    内側の円盤を適当に回して外側の文字の位置に合わせることで、内側或いは外側を平文として、もう片方を暗号文に使って暗号化するものだったのです。


              ◇          ◇          ◇


    ここまでの説明で頭の回転の早い方は「あれ?」と思ったかも知れません。

    「結局1対1の暗号化なんだから単一換字式と変わらないじゃないか」と。

    まあ、ある意味そうだと言えないこともありません。

    しかし。

    それは単に使い方が悪いと言いますか、何故わざわざ可動式にしているかに思い至ってないだけでしょう。


              ◇          ◇          ◇


    まあ勿体ぶる程のことでもないのでさくっと説明しますが。

    この暗号円盤での暗号化は「最初の20文字までは左に3つ、次の13文字は右に4つ」というような『指定』が可能なのです。

    つまり暗号表を別指定で自在に変えられることを意味します。

    言い換えれば『暗号表とは別要素で暗号化する』

    即ちこの指定は暗号鍵と同じ役割を果たします。

    これこそがヴィジュネル暗号の原型と呼ばれる所以なのです。


              ◇          ◇          ◇


    このアルベルティの暗号円盤は400年後の南北戦争でも使われ、実際に使われた現物が今も残っています。

    発明から精々100年のメアリー世代も使おうと思えば使えたハズですが・・・・・・

    何故か使った形跡が見られません。

    よくわからなかったから手を出さなかったかも知れませんが・・・・・・

    後知恵ですが、命運を分けてしまいましたわね。
  • No:619 タイトル:GEAR戦士撫子 新Part614 お名前:プロフェッサー圧縮 投稿日:2024/09/04 07:03:32 単表示 返信

    まあもっとも。

    アルベルティの暗号円盤に運用上の難点があったことは事実です。

    それは何かと言いますと・・・・・・

    「回転の方向と量しか暗号鍵にできない。つまり覚えておけない」です。


              ◇          ◇          ◇


    其処の貴方。

    今「なにそんなこと?」と思いましたわね?

    では100円ショップなりでダイヤル錠買ってきて、誕生日電話番号等簡単に類推できる数字以外を設定して何処にもメモせず1週間後に開けてみてくださいな。

    楽勝だった?

    結構、では全く違う番号(ルールは同じ)でもう1週間後に開けてみてください。

    さて何回連続で当てられますかね?


              ◇          ◇          ◇


    わたくし?

    3回くらいが限度だと思いますわよ?

    人間の記憶は何の脈絡もない字の羅列を引き出せるようには出来てないのです。

    世の中には定期的にパスワード変えろとかほざく愚か者がいるらしいですが、自分で実践してから抜かせと言いたいですわね。

    これに限らず自分に出来もしないことを他人に強要する恥知らずが跋扈していますが、さっさと駆除されてほしいものです。


              ◇          ◇          ◇


    ともあれ。

    これに限らず暗号鍵はバレたら試合終了なので、原則残してはならないものです。

    まあ実際は残ってたりするものですが・・・・・・

    ただヴィジュネル暗号なら英文に偽装できますので、気休め程度には安全性が高まります。

    しかし暗号円盤の場合、どう取り繕っても謎の文字列にしかなりえません。

    ダメ元で試すことも出来る訳ですから、やはり暗号方式としては弱いと言わざるを得ないでしょう。
  • No:620 タイトル:GEAR戦士撫子 新Part615 お名前:プロフェッサー圧縮 投稿日:2024/09/11 07:05:16 単表示 返信

    とは言うものの。

    暗号円盤はヴィジュネル暗号よりあらゆる面で劣っているかというと、そんなことはありません。

    でなければヴィジュネル暗号より遥に古い暗号円盤が南北戦争で使われるハズもありません。

    では何が優れていたかと言いますと・・・・・・

    圧倒的な復号化の簡便性です。


              ◇          ◇          ◇


    前に掲載した通りヴィジュネル暗号表(ヴィジュネル方陣)は二次元の表です。

    二次元ということは暗号円盤のような可動式にするのはかなり難しい。

    しかもあまり小さくすると文字が読めなくなります。

    つまり密室で解読するならともかく、野外で迅速に暗号を読み解くのは非常に難儀するのです。


              ◇          ◇          ◇


    翻って暗号円盤はと言いますと。

    実際に使われたブツは懐中時計よりもやや小さいくらいで、それでも十分読める字の大きさでした。

    更にヴィジュネル方陣は26x26=最低676文字もの大量の文字をしかめっ面で追わなければなりませんが、暗号円盤はたったの26x2=52文字です。

    どちらがより素早く読めるかなど言うまでもありません。


              ◇          ◇          ◇


    もう一つ言うならば・・・・・・

    ヴィジュネル暗号程の強度を持たなくても、単一換字式よりは遥かに強い暗号であったので戦争で用いるには必要十分と判断されたのではないかと。

    命令書ならごく短い文でしょうし、何より作戦開始前までにバレなきゃいいのです。

    作戦文書はヴィジュネル暗号を用いてた可能性もありますし、適材適所というものでしょう。
  • No:621 タイトル:GEAR戦士撫子 新Part616 お名前:プロフェッサー圧縮 投稿日:2024/09/18 07:03:20 単表示 返信

    ちなみに。

    現代における暗号化も「2つ以上の文字列を組み合わせて暗号化する」原理は殆ど変わっていません。

    ただ、暗号表が紙ではなく機械が自動で計算するようになったのです。


              ◇          ◇          ◇


    ヴィジュネル暗号最大の欠点は「暗号化後の周期性」にありました。

    これは突き詰めると平文を暗号文に変換する際に、暗号表の同じ場所を指してしまうことに起因します。

    であるならば、暗号表を拡張して「1回目の変換と2回目の変換が異なる文字になる」ようにすれば良いのです。

    こうすれば頻度分析はほぼ使えなくなります。


              ◇          ◇          ◇


    こうなると最早人がにらめっこして暗号化するなど現実的ではありません。

    なので近代以降は基本的に機械が担うことになります。

    有名どころはドイツの技術者アルトゥール・シェルビウスが発明したエニグマ暗号機でしょうか。


              ◇          ◇          ◇


    これはヴィジュネル暗号と言うよりはアルベルティの暗号円盤の発展型とカテゴライズされるような構造をしています。

    アルベルティの暗号円盤が2つの円盤で構成されるのに対し、エニグマは3つのローターを使用します。

    つまり複数回の暗号化を行うのです。
  • No:622 タイトル:GEAR戦士撫子 新Part617 お名前:プロフェッサー圧縮 投稿日:2024/09/25 07:04:41 単表示 返信

    エニグマはアルファベット26文字のキーボードと暗号後の文字を示す26個のランプ、そして3つのローターと暗号鍵となるプラグボードから構成されます。

    使い方はとてつもなく簡単で、ローターとプラグを所定の位置にセットしたら平文をキーボードで叩くだけ。

    何百文字もある暗号表とにらめっこする必要すらありません。

    キーを押して点灯した文字ランプをメモっていくだけです。

    これだけでもいかに革命的か分かろうというものです。


              ◇          ◇          ◇


    動作原理はやや複雑で、押されたキーはまずプラグボードを経由します。

    プラグボードというのは文字通りプラグを刺すボードで、やはり26文字分あります。

    これは何に使うかと言いますと、特定の文字を入れ替えるために使います。

    ローターだけだとエニグマ本体が見つかった場合に組み合わせが6通りしかないため、即バレしてしまいます。

    なので暗号鍵の役割を果たす仕掛けが必要という訳です。


              ◇          ◇          ◇


    プラグボードを経由して変換された文字はアルベルティの暗号円盤で言うところの外円に到達し、第一のローターと噛み合って一回目の暗号化が行われます。

    この時ローターが一文字分回転し、同じ文字が連打されても違う文字に変換するようになります。

    ローターの文字配列自体も馬鹿正直にアルファベット順である必要全く無いので、この時点で既に人力での解読はかなり困難になります。

    更にこの変換に留まらず、隣に控えている第二第三のローターを経由して最終的に文字ランプに暗号化された文字が出力される。

    そういう仕組みです。


              ◇          ◇          ◇


    実は第二ローターも第一ローターが一回転するたびに一文字分回転します。

    第三ローターも上に同じです。

    つまり平文26文字毎に暗号表が変わるようなもので、更に676文字毎にも入れ替わるという訳です。
  • No:623 タイトル:GEAR戦士撫子 新Part618 お名前:プロフェッサー圧縮 投稿日:2024/10/02 07:02:36 単表示 返信

    さてここまでの説明を聞いた其処の賢い貴方。

    「結局周期があるんだから解読できるんじゃないの?」

    と思いましたわね?

    それはある意味正しくてある意味間違っています。

    どういうことか?

    簡単ではありますが解説いたしましょう。


              ◇          ◇          ◇


    まず第一に。

    ヴィジュネル暗号を破った統計論は、『暗号鍵の』同じ文字位置なら同じ文字に変換されることが大前提です。

    しかしエニグマは原文の文字位置で変換先が変わります。

    その上「ローターの開始位置を1文字目にする理由などない」のです。

    つまりエニグマ本体が手に入ったとしても初期位置のパターンだけで26^3=17576もあり、これを勘案して元文字を推測するなど人間には絶対に不可能です。


              ◇          ◇          ◇


    そして第二に。

    エニグマのローターは簡単に入れ替えが出来るようになっており、文字パターンが異なるローターを適宜入れ替えて暗号化することが可能ということです。

    その気になれば1文毎に入れ替えて暗号化することも出来、そうなったらどれだけ長文であってもサンプルとして物の役に立ちません。

    短文が複数回暗号を変えて連なっているのと一緒です。

    この観点においても、統計論での暗号解読は完全に死んだと言っていいでしょう。


              ◇          ◇          ◇


    しかし、です。

    ここまでの話は理想的な「運用」が為されていればのことです。

    人間のやることですから、油断・慢心により綻びが出るのもまた宿命であります。

    それに無敵に思えたエニグマにもある『蟻の一穴』がありました。

    針の穴より狭い『それ』を通り抜け、人は遂にこの難攻不落の暗号を攻略したのです──────!
  • No:624 タイトル:GEAR戦士撫子 新Part619 お名前:プロフェッサー圧縮 投稿日:2024/10/09 07:14:13 単表示 返信

    その『欠点』をお話する前に。

    エニグマの構造について端折った部分を説明しなければなりません。

    先程ローターは3枚あると説明しましたが──────

    実を言いますと、ローターでの変換は3回ではありません

    第3ローターの第2ローターと逆側にリフレクター(反転ローターとも)が配置されており、来た道と別経路で逆順にローターを通って変換されるのです。

    つまり倍の6回もの変換が行われるということです。


              ◇          ◇          ◇


    随分とまあ念の入ったことで、と思わないでもないですが・・・・・・

    実はこの構造、別に開発者がパラノイアだからこうなったのではなく。

    もっと実用的な理由がありました。

    それは何かと言いますと・・・・・・

    暗号文をもう一度同じ鍵で暗号化すると平文に戻るのです。


              ◇          ◇          ◇


    これを数学用語で「反転性(reciprocity)」と言うそうです。

    どうしてそうなるかざっくり説明は受けましたが忘れました

    ・・・・・・いやだって仕方ないじゃありませんか。

    何もないところで役立つならともかく、それなりの仕掛けが必要なのでは使う機会があるとも思えません。

    わたくしこう見えて忙しいのです。

    雑学は精々話の種程度にしておかないと幾らわたくしでも頭がパンクしますわ。


              ◇          ◇          ◇


    閑話休題。

    ここまでの話では何ら欠点に繋がるようなもの見えてこないのですが・・・・・・

    実は論理的な部分ではなくリフレクターの物理設計の部分に欠点は潜んでいました。

    それは平文の文字は絶対に同じ文字に変換されないです。